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エピキュリアンの備忘録

目的:毎日「書く」

この人はなぜ?と考え、見かけに騙されない人になると決意

 「どのように見えるか」ということだけを考えて行動する人なのだな、と感じる女性が昨年の1月から職場に配属された。ジョン・バニヤンの「天路歴程」には「見せかけばかり氏」という人物が登場するが、まさに「見せかけばかり女史」である。

 なぜ、そう思ったかというと、会話の端々に「私は仕事もできる由緒正しき女」というメッセージが見え隠れするからだ。「歌舞伎などの日本文化の伝統ある家庭で育ったので」とおっしゃる彼女の会話の中に、その教養が見えたことはこの1年間で1度もないのだが・・・。

 

なぜ、そう見せたいのか、この人は?

という視点を意識的に持つように気をつけるようになった。

心理学的視点が、職場の心の健康にとって役に立つ。

 

 心理学に「ジョハリの窓」というモデルがある。

横軸を自分、縦軸を他人としてグラフの4つの領域(象限)を組み合わせてつくる。

I  自分にわかっている自分、他人にわかっている自分 

  → 自分も他人もわかっている(公開の窓)

II 自分にわかっていない自分、他人にわかっている自分

  → 自分は気がついていないが、他人にはわかっている (盲点の窓)

III 自分にわかっている自分、他人にわかっていない自分 

  → 隠している自分(秘密の窓)

IV 自分にわかっていない自分、他人にわかっていない自分 

      → 誰からもまだ知られていない自分(未知の窓)

 

「仕事もできる由緒正しき女」メッセージは、このうちの「公開の窓」。

そうは言っても本当に彼女が宣伝している通りの人なのか、と

感じている周囲の思惑は、「盲点の窓」だ。

 

そして、人は誰でも持っている「このことを話したらなんと思われるかわからない」と自分が感じる弱点のようなもの、「秘密の窓」。

学歴だったり、生い立ちだったり、人それぞれだ。

 

「未知の窓」は、誰にも見えない部分だけれど、研究領域としておもしろそうだ。

 自己肯定感が高いほど、「自己開示」部分が大きいのではないかと想像する。

 

「人は見かけが9割」、や「女は見た目が10割」という本が売れている世の中。キャッチコピーの「理屈はルックスに勝てない」をほとんどの人が実感しているだろうし、私もそうだ。

実際、「⚪️⚪️の法則」などわかりやすい本が売れやすいのも、この路線なんだろうと思う。

 

 

書こうと思っていた内容の前置きが長くなった。

「この人は、なぜ、そう見せたいのかな」と思った記事を読んだのがきっかけで、

文章を書きたくなったのに、話がそれてしまった。

なぜ初老の暴力が増えるのか考えてみた - 久田将義|WEBRONZA - 朝日新聞社

 

「僕の感覚で言うとそういった暴力をふるう人は、どちらかというと60歳以上の方々が多いような気がする」

とあり、

「加害者の年齢は60代以上(20%)と50代(14%)で3分の1を占めていた。他の年代は30代(22%)、40代(21%)、20代(17%)となっていた。加害者の67%は飲酒をしていた」

 

書いてある数字からは、30代と40代を足した数の方が50代と60代を足した数を上回っている。しかも最多は30代だ。

合計は94%だから、あとの6%が記載ミスか何かなのか。

この数字からだと、サブタイトルの「私鉄の駅員らへの暴力件数では50代以上で3分の1を占める」は主観的な結論に思える。

登録していないので、記事を途中までしか読めないので、もしかして、

これは60歳以上の読者に先を読ませるフックなのかもしれない、とも想像したが・・・。

 

「絡んでくるだいたいの人はいわゆる「全共闘世代」に多い、とは僕の感覚である。」

と読むと、この人は個人的にその世代に恨みがあるのか、ともとれた。

 

そう、「この人はなぜ、そう見せる必要があるのか」

という視点を以前の私はもっていず、自分の見たまま、聞いたままを信じていた能天気な小学生のような人間だった。

このところのインターネット調査流行りによる数字の信憑性も疑っているが、

どの情報を信用するべきなのか、どの情報がいらないのか、

今年からはもっと賢く、と決意した年初である。